After Dark

  現世はまるで無間地獄のようだ

 あたかも現実は暗闇に満たされているかと思われるほど、この列島の諸処に悲惨きわまりない事件や事故が後を絶たない。もちろん自然災害とされるものも、もとをただせば人為のしからしむるところだというほかないものが多い。その昔は何の根拠があってか「地震、雷、火事、親爺」などといった。その心は、手に負えない、始末に悪いといったところだったろうか。親爺も誰彼には災難の種であったということだった。地震はいまなお列島の根底を揺り動かしている。いつ発生するか分からない地震をとらえようとするのも人智だが、どんな強烈な地揺れにも堪えられる技術をもっていると豪語するのも人智の浅はかさであろう。大揺れにゆれる地面の上に始末に負えない災厄をもたらすかもしれない原発を林立させてきたのは、いったいいかなる人間のいかなる悪意であったろうか。この種の親爺連こそ、根こそぎに退治すべき必要があった。

 電力エネルギーは経済の血液であるというわけのよくわからないご託を並べて、その結果が今回の惨事を招いたにもかかわらず、さらに原発、もっと原発をと性懲りもなく宣う親爺連の騒々しい合唱が聞こえてくる。地震であろうが雷であろうが、なによりも経済だとばかりに跋扈するカネの亡者の集団叫喚だ。経済が「成長」しなければ日本は成りたたないというが、日本ではなくおのれの会社の存亡を日本の消長ととりちがえているだけのことじゃないか。会社主義というのは会社の利己主義にほかならない。この国さえ好ければ、自社さえ好ければ、自分さえ好ければと、すべてとはいわぬが、大半はおのれの身一つの範囲を越えない我利我利亡者の隊列行進、それがこの社会の無間(むけん)災厄をもたらす元凶ではないか。

 暗闇に光明をみるのもまた人間の智恵であるが、それはカネが何よりとするのとは別種の人智だと思う。我が身一つの利害にしのぎを削るなどというちゃらい、けちな魂胆とは無縁の智恵だと。この世に生きるというのは他人と競争することじゃない。一度や二度くらい競争に勝っても、死ぬまで競争ではたまらない。競争は事故や事件のもとだ。

 明るいうちは虫も殺さぬ優しさを振りまいておきながら、暗くなってまるで人変わりしてしまう輩が多すぎませんか。あるいは仏の心を思わせる温顔をたたえながら、冷然と他人を突き落とす、考えるだに身の毛のよだつ悪人が後を絶たない。この無間地獄をいかに生きるか。地獄に仏というのは、まずおのれが仏になろう(仏心をもとう)としなければならぬというのではないか。義理が廃ればこの世は闇だが、闇を照らすのは火事の炎ではない。一寸の虫にも五分の輝きを。煌々と荒野を照らすのではない。ほんの一隅を、方寸の広さ(こころ)が明るめばいいのだ。

 国宝とは何物ぞ/宝とは道心なり/道心ある人/名づけて国宝と為す/故に古人の言わく/径寸十枚(金銀財宝)/是れ国宝に非ず/一隅を照らす/此れ則ち国宝なりと (最澄)

 相田みつを、それは満つ男(夫)じゃなくて、光(みつ)男(夫)でした。まちがえたって いいじゃないか。(11/09/09)