t 毒を食らわば皿まで

 電力不足対策 節電と原発再稼働が不可欠だ ・・・来春以降も電力事情は厳しい。東電福島第一原子力発電所の事故後、定期検査で停止した原発の再稼働にメドが立たないからだ。ストレステスト(耐性検査)の遅れなどで、来春に全54基の原発が止まる可能性は高い。/政府は、全原発が止まったまま今年並みの暑い夏を迎えると、全国で9・2%の電力不足となると見込んでいる。今夏の2・7%より、かなり深刻だ。原発依存度が高い関電管内などでは、電力の使用制限を迫られる恐れがある。(中絡) 経団連の調査で6割の企業が、電力不足が今後2~3年続いた場合、国内の生産を縮小・停止すると答えた。電力不足は、景気悪化や産業空洞化などで経済に打撃を与える。安全を確認できた原発から再稼働を急ぐ必要がある。/政府は全国の9原発22基について、耐震性などを改めて点検する方針を示した。だが、ストレステストに加えて安全性のハードルを上げる姿勢には疑問符がつく。/無論、安全性の確認は大切だが、稼働中でも点検は可能だろう。政府が再稼働の判断を先送りする口実としてはならない。/政府は原発の安全性評価を着実に進めると同時に、再稼働に明確な道筋をつけるべきだ。(11月3日付・読売社説)

 まことに「文化の日」にふさわしい「社説」だ、といえるのかどうか。この新聞社はとことんまで原発推進を言いつづけるのだろう。爆発事故でどれだけの被害が出ようと、何よりも経済の持続的な拡大を最優先する。元社主の衣鉢を継ぐのは不思議ではないとして、この先も原発を維持しようとするその根拠はどこにあるのか。「安全性のハードルを上げる姿勢には疑問符がつく」という主張には疑問符がつく。原発は不完全な技術で作られており、どんなに好意的に見ても現状にはそれを存置するだけの技術的な裏付けはないといっていい。百歩譲って既存の原発の稼働を認めたとしても、それは過渡的な処置でしかない。「再稼働に明確な道筋をつける」のではなく、それに変わる代替エネルギーの導入にこそ、明確は道筋をつける必要があろう。それが政治の責任であり、そのように強く促すのが新聞社の責任ではないですか。新規の原発は不可能であるという認識は広まっている、ならば、既存の原発に残された廃炉までの時間を有効に使って他の自然エネルギーの開発に政策をシフトするのが当然だと考える。(11/11/03)