n 権力が演じた「壮大な虚構」

 二年半も前の事件とその裁判に関わる著書2冊。その一は『私は無実です 検察と闘った厚労省官僚 村木厚子の445日』(今西憲之+週刊朝日取材班、10年9月)、その2は『冤罪法廷 特捜検察の落日』(魚住昭、講談社、10年9月)で、同時期に出版されたもの。少し時間が経ったが、このページに載せたくなりました。この件についてはCourt of Lawでも事件当時に触れたことがありました。その段階で、これはまちがいなく無理筋の事件捏造だと直観したものでした。大阪地検特捜部のあまりにも「悪質・ズサン」な事件デッチ上げはボクのような常識で固まった人間の想像をはるかにしのぐ無道・非道なものだったというほかありません。それを如実に示したのがこの両書。以下、主として魚住氏の著書からの引用です。

 私には、20年余りたっても忘れられないメモがある。/ それは1989年春、リクルート事件の最中に共同通信の同僚記者が書いたものだ。私と彼は2人で手分けをし、東京地検特捜部の検事たちの夜回り取材を進めていた。ある日、彼が前日夜遅くに会った特捜検事がこんなことを言っていたと、メモを私に見せてくれた。/ 「お前ら記者たちは、捜査というのは正義と真実を追究することだと思っているだろうが、それは違う。捜査というのは、一定の筋書きに沿った供述を集めて、事件を作ることなんだぞ」/ 私はそのころ「特捜の正義」の心酔者だったから、その言葉を信じなかった。/ 「まさか、そんな馬鹿なことがあってたまるか」と、同僚記者に言った。どうせ捜査の主流から外された検事の怨み節だろうと。(魚住)

 「そんな馬鹿なこと」が白昼堂々と天下に晒されたのが村木事件だった。怪しげな団体(「凛の会」)を立ち上げ、一攫千金をもくろんだ悪たちが郵便制度を悪用し、正規では一通120円のところを8円で済むDMを目的外に利用しようと厚労省に働きかけ、当時の社会参加推進室の社会参加係長にニセの証明書を発行させたというのが事件の概要だった。ところが大阪地検特捜部は「東の小沢事件」に張りあって「西の石井一事件」を捏造しようと「壮大な虚構」を描き、その不首尾を始末するために村木厚子企画課長(当時)を主犯格として立件しようとしたのだった。

 「私は、本件の証明書の偽造には一切関わっておりません。私は、昨年(09年)の6月に逮捕され、7月に起訴されました。その後、11月に保釈されるまで、5か月以上拘置所で暮らしました。その間、夫や娘たちに大変な心労をかけました。役所は『休職』になり、それまで30年以上続けてきた仕事からすでに1年以上離れることを余儀なくされています。私は、1日も早く無実が明らかになり、社会に復帰でき、『ふつうの暮らし』ができる日が来ることを心から願っています」(弁護側の最終弁論における被告人証言・10年6月29日)

 この捏造された事件では数多の人間が特捜部の取り調べを受け、すべてが検察の描いたストーリーに合致した「取り調べ調書」にサインしていた。村木厚子さんを除いては。これはどういうことだろうかと、しばし考えこんでしまいました。役人も凛の会関係者もすべて(男性)が大阪地検の傀儡になり、村木さんを陥れようとしたというのだろうか。彼らは公判廷では供述をことごとくといっていいほどに翻したけれども。(証拠として提出された43通の調書のうち34通は却下されている)それに対して、村木さんは一貫して「私はやっていない」と言いつづけたのです。事実を偽り、虚偽を事実と認め(させられ)たのが男ばかりだったというのはなぜだったか。

 「それぞれの取り調べ検察官は、主任検事に取り調べで得られた供述の内容を報告していた。そして供述調書の記載の内容について、どの部分を調書に記載するか主任検事の指示を受け、その部分を調書に記載していたと公判で供述する検察官と、調書の作成は、内容によるが、基本的には、取り調べ検察官に任されていたと公判で供述する検察官がいる。また、供述調書が作成された場合は、主任検事を通じほかの検察官にその写しが配布されていた」「供述をそのまま録取するのではなく、他者の供述や検察官の意図に合わせて調書を作成しようとする姿勢がうかがわれ、調書の全体的な特信性に疑問を生じさせる」(横田裁判長)

 「村木裁判は特捜の正体をあますところなく暴き出した。正体さえわかれば、神話は自ずから崩壊する。村木に判決が言い渡される2010年9月10日は、特捜神話が崩壊した日として歴史に記録されるだろう」「日本の検察ほど巨大な権限を持つ国家機関は世界でも例がない。検察本来の役割は警察の捜査をチェックし裁判にかけることだが、日本の特捜部は独自捜査して、外部のチェックを受けずに被疑者を起訴している。これはサッカーの審判がプレーヤーを兼ねるようなものだ。彼らはオフサイドもファウルもなんでありの一方的なゲームをしているのではないか」(魚住)

 警察といい検察、ことに特捜部というところは権力の使い方を根本で誤用し悪用している。あるいは弄んでいる。「巨悪を憎んで正義を貫く」というのは嘘で、「小悪を虐めて巨悪を貫く」とでもいうほかない。変わらない、変われないこの不条理。無辜の民を罪に陥れるための権力は、暴力以外のなにものでもない。

 この裁判でもっとも印象的だったのは村木側弁護団の活動であった。「村木を塀の内側に取られてはならない」という強い想いは事件発生当初から見られた。大江橋(大阪地検特捜部)ストーリーを打破するべく初動体制が敏速に取られたのである。弘中惇一郎弁護士は「無罪請負人」などと称される人だが、彼を中心に冤罪を雪ぐために弁護人がどのように振る舞うかという見本のような姿がそこには認められた。冤罪を起こさないための第一の条件は弁護人の資質と深淵であるといっても過言ではなかろう。(11/12/30)