o 袴田事件を裁いた判事は

  「直ちに再審開始を」=鑑定受け弁護団会見―袴田事件 袴田巌死刑囚(75)が犯行時に着用していたとされる衣類から被害者の型と一致するDNAが検出されなかったとする弁護側鑑定人の結果を受け、同死刑囚の弁護団は22日午後、東京都内で記者会見し、「直ちに再審を開始し、袴田さんを釈放しなければならない」と訴えた。/ 西嶋勝彦弁護団長は「鑑定では衣類から被害者以外のDNA型が複数出ており、何者かが着衣に工作したことを強くうかがわせる」と指摘。小川秀世弁護士も「死刑事件で捏造(ねつぞう)が行われたことがはっきりした。許せない気持ちでいっぱいだ」と語気を強めた。/ 袴田死刑囚の姉秀子さん(78)は「本当に長い46年でした。一日も早い再審開始を祈っています」と涙ぐみながら語った。(時事通信・11/12/22)

 事件発生から46年。「厳正な司法手続き」を経た法の裁きによって死刑囚という濡れ衣まとわされた袴田巌さん。ここに来て、再審の重い扉に再び手が届くのだろうか。袴田事件の一審裁判(静岡地裁)に陪席した裁判官が自らの判断とは相容れない評議結果に懊悩しながら、40年の後に判決に至る合議の「秘密」を公表した。人の死を多数決で決めるという法被をまとった野蛮の仕打ち。決して美談では語れない判事・熊本典道(1937年生まれ)の数奇な精神の奇跡を描く。

裁判所法 第七十五条 (評議の秘密)  合議体でする裁判の評議は、これを公行しない。但し、司法修習生の傍聴を許すことができる。
 評議は、裁判長が、これを開き、且つこれを整理する。その評議の経過並びに各裁判官の意見及びその多少の数については、この法律に特別の定がない限り、秘密を守らなければならない。
 弱冠二十九歳の熊本裁判官は66年12月、第二回公判で初めて事件を担当しため、裁判長に頼み込んで罪状認否から始められた。彼は公判の初期段階から袴田被告の無罪を推定するようになり、証拠として出された自白調書(なんと45通)を丹念に読むにつれて、その思いは確信に変わった。でたらめの限りを尽くした拷問による取り調べ、警察・検察のでっちあげたストーリーに有無を言わさず屈服させるために、一日12時間以上の強引な取り調べは3週間にわたってくりかえされた。最初に提出された血のついたパジャマは決定的な証拠とされ、それに基づき公判は維持されたが、その1年2か月後に、新たな証拠物件(衣類等)が提出(捏造)され、検察の筋書きも大きく変更されたが、なんの異議もはさむことなく裁判は死刑判決にまで進んだ。熊本判事は、その間にもさまざまな抵抗を試みたが、判決は変わらなかった。こんな無法なことが許されていいのかという怒りが時に募って来た。
 証言台に立った袴田は、静かに一言だけ言った。 ―私はやっておりません―
 「なんか不気味な感じを受けたんだよね。それまでの経験で言うと、否認事件の被告はもっとしゃべる。私はそんなことをしていない、実はこうだとかごちゃごちゃ言う。でも、袴田君の場合は、そういったきり、下を向くでもないし、正面を向かって裁判長の顔をじっと見てる。これはちょっと変だぞって、最初に感じました」
 「68年5月24日、弁護側の最終弁論が終わり、判決言い渡しはその2か月後の7月18日が予定されていた。ここで、3人の裁判官は最終的な合議に入る。判決文を書くのは、機械的な振り分けで左陪席の熊本が努めることになった」(判決文を起草する裁判官を主任裁判官と呼ぶ)
 この段階までに熊本裁判官は無罪の判決を書いていた。右陪席は黒(有罪)、裁判長は未決状態と熊本さんには見えた。だから合議に入ってひたすら裁判長に働きかけた。判決言い渡し日を二度も延期したが、ついに裁判長を動かせなかった。2対1で有罪(死刑)。無罪を確信していた自らの意に反して「死刑」の判決文を書くという、言いようのない呪縛。憲法19条に違反しているとまで熊本さんは考えた。
 《無罪心証を持ちながら死刑判決を書いた元裁判官の半生を、本人はもちろん関わった多くの人びとを訪ね歩くことで、ボクは明らかにしようとしてきた。/ 特にこだわったのは袴田事件が熊本の後の半生にどれほどの影を落としたかだ。酒に溺れ、家族と離散し、自殺未遂を繰り返すまでに至った原因が事件にあったのか否か。/ 熊本は「人を殺した人間がおめおめと生きていていいのか」という良心の呵責が始終、体を支配していたと言った。ただ、幻聴や幻覚を覚え心身が病んでいった背景に、事件の影響があるのか自分でもわからないとも語った》(尾形誠規著『美談の男 冤罪袴田事件を裁いた元主任裁判官・熊本典道の秘密』鉄人社刊、10年6月)
 裁判が無実を訴える被告にはどんなにやりきれないものか、それは筆舌に尽くしがたい謎のようでもある。冤罪はいつでも、誰に対しても作られる。その不条理を生涯賭けて勝ち取るための人生。冤罪に荷担するのはだれなのか、と問わずにはおれぬ司法の暴力を一裁判官の苦悩と挫折を通奏低音のよにして語りきった物語。
 類書に山平重樹『裁かれるのは我なり 袴田事件主任裁判官 三十九年目の真実』(双葉社刊、10年06月) 映画 「BOX 袴田事件 命とは」(高橋伴明監督、萩原聖人主演、10年)(11/12/29)