s 日本語を書く部屋

 ある時期から、「日本語の勝利」ということばを、ぼくは使うようになった。それは、日本近代の一世紀を支配していた「言語=人種=文化=国籍」という「単一」のイデオロギーに対して、人種や国籍という条件をもっていない日本語の表現者たちが出現したという現代の事実の意義をいっているのである。ぼく自身そういう表現者の一人になってから、他の文化から見れば信じられないほど執拗だった「コトバ」と「民族」のイコール・サインについて、かなり痛切に、リアルに、考えざるをえなくなったのだ。直接に「日本語の勝利」を内容としていない論文やエッセイ、あるいは同時代の文学者たちとの対談や座談会の中でも、つねにそのイコール・サインの存在を感じさせられた。日本語で書くという、日本の生活者にとっては当たり前な行為が、いったんぼくが日本語を使って表現するとなると、そのイコール・サインを破ろうとしている、自分の意図とは関わりなく、そう解釈されてしまうことを認識せざるをえなかった。「論文」はもちろんのこと、軽いエッセイの中にも、そんな認識はどこかに働きかけていたに違いない。ぼくが今までに書いた本の中で、日本語は日本人として生まれた者たちの独占所有物であるという常識に抵抗していないページは、一つもないと思う。(リービ英雄『日本語を書く部屋』(岩波現代文庫版、11年10月。親本は01年01月、岩波書店刊)

 テーマは文学における「越境」。ある文化の外から内に入ろうとすること。日本語を母語としない外国籍の人間が日本語で表現することを第一義的に指すでしょうが、じつは日本人自身もまた日本文化の内に「越境」しなければたしかな表現者にはなれないのだという当たり前の事実に気づかされます。「日本国」はすべての人に開かれてはいないけれども、「日本語」はそうではないというのがリービさんの姿勢です。おそらくそのようなところに「日本語の勝利」ということばが当てはめられているのだと思われます。いうまでもなく、このように「日本語の勝利」を画してきたのは在日コリアンの文学者たちでした。日本国に属さず、日本語を母語としないながらも、日本語で表現活動を活発に紡いできたという長い歴史があって、その途上にリービさんが現れたといえるはずです。

《ぼくは、「異文化の共存」という言葉が好きではない。ことに日本人がこの言葉を用いる場合、「おまえはおまえでオレはオレ」「おまえとオレとの間の一線を越えるな」というニュアンスを強く感じる。もちろんそうでない場合もあるが、「外人は日本語をしゃべれない」「外人は日本文化を理解できない」という思い込みと、それはどこかで一脈通じている》

 リービ英雄=1950年アメリカ生まれ。少年時代に台湾や香港で生活し、67年に初めて日本に居住。以来、日米中の往還をくりかえしている。著書に『星条旗の聞こえない部屋』『天安門』『千々にくだけて』『仮の水』、評論に『我的日本語』『英語で読む万葉集』など。

(初版刊行時に読んだ本が、その後文庫本に変身して再刊されるという商売がはやっているのでしょうか。たいていの文庫本は買うことにしているから、結果的には同じ本を二冊買うという無駄をくりかえしています。そして初版時の印象を確かめたり、改めたりするという余禄に与ることになるのです、いつの場合でもとはかぎりませんが。この本もそうで、最初に読んだときよりもいっそう、「日本語の勝利」が示すであろう文化における意義の理解が進んだと勝手に思いこんでいます。(11/11/05)