v アメリカ人医師の体験

 『チェルノブイリ アメリカ人医師の体験』(岩波現代文庫版、11/08) 親本(岩波新書二冊本)は88年12月、岩波書店から刊行されました。発売当時、読んで様々なことを考えさせられた本でしたが、今回、文庫版になったのを手にして、まったく当時とは別様の感慨をいだきました。それは、今回の福島原発の事故を間近に経験したことが決定的に影響したと思われます。86年04月、チェルノブイリ原発事故発生、その直後に著者(R.P.ゲイル)はモスクワに赴き、被災した患者の治療(主として骨髄移植)に携わる。その経験に基づいて二年後に本書を刊行します。 

 「この著作は、核時代についての入門書を意図したものではない。そうではなく、まず第一にそしてもっとも重要なことなのだが、チェルノブイリ事故についての個人的回想であることで、世界において史上最悪だった原発事故の真相を、正しく評価してみたいというのがその意図なのだ」と記されていますが、その回想の内容はじつに深刻な放射能に汚染された人々に対する、一人の医師としての献身がいささかの誇張もなく記述される。「原子力をめぐる問題は余りにも複雑なので、そうした問題の解決には専門家だけが当たるべきだ、と考える人たちがいる。しかし私たち著者(弁護士でもあった作家T.ハウザーと共著の体裁を取ってはいるが、実際はゲイル自身の体験に焦点が当てられています)はそうは思わない。/ 私たちみんなが住んでいるこの世界では、その将来が原子力技術と大いに結びついてしまっている。民主主義国に住む者として、私たちは自分勝手の思い違いをしたり、大げさに物事を考えたり、あるいは扇動したりしないで、なにが問題なのかを把握し、それに対処してゆく義務があるのだ。つまり、原子力問題については、なにがわかっており、なにがわかっていないかを識別することが重要だと思う」

 ロシア側医師たちとの協同、医学という領域が求める(患者を救う)事実によって両者に沸きがちな疑心暗鬼を払拭しながら、困難な課題に挑戦するゲイルの行動には国家という壁がどんな障害を生んできたか、またある種の人間たちとその行動がそのような障壁をいかにして乗り越えることができるのかも示しています。チェルノブイリ事故後二五年経って、ゲイルは言う。「わたしたちは、一般大衆の視点が核エネルギーに対する懸念から核テロリズムに移行したことを・・・指摘したが、だが、この指摘はまったく誤謬推理であった」と。福島の事故一年前のことでした。福島原発爆発以来、ゲイルは何度も訪日し、福島にもばしば足を運んでいます。今後も来日するだろうと言う。このような医師が存在することは、この暗闇に満たされ核時代におけるひとつの光明であるとこころづよく思います。(11/09/07)