x 栴檀の大樹の下で

 にび色の午後のことだ。いつもの散歩コースをはずれて、小学校の正門にさしかかったら、いきなり高音域の声がはじけ、子どもたちがパチンコ玉みたいにばらばらと飛びだしてきた。てんでにちがう服なのに、みんながおなじカレーのにおいを運んでいるのが、なんだかおかしい。子らは葉を落とした栴檀(せんだん)の大樹のむこうの通りにかけぬけていき、やがてにおいも失せた。いや、幹のかげに男の子がまだ四人ばかり、樹皮に張りつくようにしていた。影絵に見えた。そこにだけ空気が重くわだかまっている。思わず息をのんだ。マスクをした一人の子が冷たくかたい幹にぐりぐりと額をこすりつけている。はじめはそう見えた。近づくと、後頭部にべつの少年の手が砲丸を投げるようなかっこうで押しあてられていた。額はこすりつけられていたのだった。/ 喉に声のかたまりを溜(た)めたまま、しかし、狼狽(ろうばい)のあまりなにも発声できずにさらに歩みよると、樹下の風景がすっと一変した。押しあてられていた手が消えた。みんなが私のほうをむき、マスクの子をのぞく全員がうすく微笑み、会釈する子さえいる。雲母のような瞳のかがやきに私はひるんだ。がんぜない瞳たちは〈そう、さっきのシーンはあなたの眼の錯覚ですよ〉といっているようであり、事実、私はなかばそう思いかけたほどだった。/ 四人は栴檀をはなれて歩きはじめた。歩きつつマスクの子は一人の少年に横腹をこづかれていた。残りの子たちはこづく手をかくしてやるように歩いている。こづいている子は、ときどき私をふりかえり、あどけない顔で笑った。笑いながら、手はしつこく同じ動作をつづけている。追いつき注意しようとした。だが、私は右手足に障害があり、はやくは歩けない。四人が遠ざかっていく。遠景の子らはやがて、まどかな絵になった。(辺見庸『水の透視画法』共同通信社刊、11年06月)

 『水の透視画法』は共同通信の配信で08年03月から11年03月まで各紙に掲載された(ぼくは東京新聞紙上で読んだ)。「戦争や大震災など絶大無比の災厄のまえには、なにかしらかすかに兆すものがあるにちがいない、というのがわたしの勘にもひとしいかんがえである。・・・からだの内側にあわだつ予感と外側をそっとかすめる兆しの両様に耳をそばだてなければならない。そして、それらを表現するには、芥子粒のようなものごとの細部(ディテール)と世界規模のマクロ、ないしは、人の内面と巨大な外的現象をあえて等量的に、ていねいに表すことばの画法があってもよいはずだ」(同書)という一貫した姿勢で紡ぎ出されたのが本書である。月二回、ぼくはそのためだけに新聞を購読したといってもいいほど、毎回ひそかな楽しみと、一方では驚きをもって読みついだのです。作家の書く一つ一つの文章はどんな種類のものであってさえ、「わたしたちのいま」を撃ち、未来に投射されるちからをもってほしいという願いをいだいています。辺見さんの忠実な読者だとはいえませんが、この著においてもたしかな手応えを受けとめたといえます。

 マスクの子たちは、その後どうなったのでしょうか。こんなささいな出来事(「ゆらめく善悪の影絵」)のうちにも「わたしたちのいま」が兆しているのであり、それは、思慮の外としかいいようのないほどの深さで進行している悪徳の時代を暗示した投影画にちがいないのです。(11/08/29)