j 裁判官は検察だ

名張毒ぶどう酒事件 再審開始取り消し 奥西死刑囚「次の勝利信じる」=午前10時半過ぎ、名古屋拘置所の奥西死刑囚のもとを弁護人2人が面会に訪れた。大きく目を見開き、アクリル板越しに弁護人の言葉を待つ奥西死刑囚。「負けました」と伝えられると、しばらく反応はなかったが、やがて静かに語り出した。/ 「ありがとう。今回は残念だったが、次の勝利を信じています。今まで以上にご支援お願いします」/ 今月に入ってから軽度の肺炎と診断され、点滴治療も受けていた奥西死刑囚。決定を控えて体調は回復しつつあったが、この日の面会ではいつもより言葉少なで、少し呆然(ぼうぜん)とした様子にも見えたという/ 「今度こそ、今度こそ、良い決定を信じて待っています。冤罪(えんざい)の汚名を晴らして、長くない余生をゆっくり暮らしたいと思います」。決定を前に支援者にメッセージを寄せていたが、その訴えは退けられた。(産経新聞・12/05/26)

 同じ証拠に基づいて下された判決、一審は無罪で二審は死刑。いったいどういうことだろうか。見るべきものが正反対という奇怪な事態をはらんだ裁判、私たちは裁判官に何を期待するのか。言うまでもないが、法と証拠に導かれたまっとうな判断だ。この事件がたどった支離滅裂な経過を引きおこしたのは最高裁の判断だ。七度の再審請求がことごとく日の目を見なかった責任の重大な部分を最高裁が負っているからだ。まるで一人の人間のいのちを弄んでいるというほかない。この国の裁判は三審制だから、いつかは冤罪が晴れるというのは正しくない。この事件などはさしずめ何審になるのだろう。裁判所の不作為に似たでたらめな判決・判断で事件発生以来半世紀以上も奥西さんは拘束されています。弁護側は特別抗告の手続を取りました。八度目の再審が開始されるのか、時間との闘いは始まりました。(12/06/02)