k 死刑を選択するほかない

 山口・光母子殺害、最高裁判決 死刑基準不明確で模索

  ◇5度目判決、揺れる判断=山口県光市の母子殺害事件に対する20日の最高裁判決は、事件当時18歳30日だった加害者の年齢を巡り最後まで議論しつつ、結果の重大性を重視して極刑を選択した。5度にわたって争われた裁判は、死刑選択の基準が不明確な中で模索を続ける司法の現状を浮き彫りにしたともいえる。裁判員裁判が始まり、国民が死刑判断に関与する時代に言い渡された今回の判決は、死刑基準を巡る議論を改めて呼びそうだ。【石川淳一】

 判決では1人が反対意見、1人が補足意見を述べた。5度目の判決でも「事件当時の年齢」で激論が交わされたことがうかがえる。/ 1、2審は殺害まで計画していなかったことや更生可能性を考慮し無期懲役。これを第1次上告審判決が「特に酌量すべき事情がない限り死刑を選択するほかない」と審理を差し戻し、差し戻し控訴審が死刑とした。/ 弁護士出身の宮川光治裁判官は「精神的成熟度が18歳を相当下回っている場合」は「特に酌量すべき事情」に当たるとの独自の基準を提案。元少年には精神的成熟度の低さがうかがえるとして再度の差し戻しを主張した。これに対し、金築誠志裁判長は「少年法などでも精神的成熟度を問題にしている規定は存在しない」とし、「年齢は考慮すべき一事情」にとどまるとした第1次上告審判決を踏襲、多数意見を形成した。/ 死刑選択の際には「永山基準」が語られることが多いが、あるベテラン裁判官は「『基準』というには曖昧。結局は個別事件を詳細に検討するしかなく、今回のようなケースで判断が揺れるのはやむを得ない」と指摘する。死刑と無期懲役の明確な線引きはないというのが裁判官の感覚だ。

 一方で、09年の裁判員制度開始と前後して「死刑基準が明確でない中で国民に究極の判断を迫るのか」との問題提起がある。少年事件の裁判員裁判で初めて死刑を言い渡した仙台地裁判決に参加した裁判員は判決後の記者会見で「正直怖くて一生悩み続けると思った」と胸中を明かした。/ 2人が殺害された福島県の強盗殺人事件で最高裁は08年2月、検察の上告を退けて無期懲役を維持したが、裁判官5人中2人が反対意見を付けた。当時の才口千晴裁判官(弁護士出身)は反対意見の中で「裁判員制度の実施を目前に、死刑と無期の量刑基準を可能な限り明確にする必要もある」と述べた。/ 元東京高裁部総括判事の原田国男弁護士は「死刑判断は裁判員に多大な負担をかけるため、総合評価を示すだけの永山基準は必ずしも有効ではない。今後、判断基準をできるだけ明確にすることが望まれる」と語る。

 ◇反対意見、裁判員に影響も

 下級審の無期判決を最高裁が差し戻して死刑が確定したのは、「永山基準」を最高裁が示した永山則夫・元死刑囚のほか、仮釈放中に2度目の強盗殺人を起こした事件で、97~98年に検察が5件連続上告をしたうちの1件。今回は3例目となるが、反対意見が付いたことで、過去の死刑判断全体の中でも「異例中の異例」となった。/ 最高裁の死刑判断に反対意見が付くのは被告が冤罪(えんざい)を訴えた「三鷹事件」の大法廷判決(55年6月)と、それ以前の2例しか把握されていない。裁判員制度を巡っても政府や国会内外で「国民に多数決を強いるのは過酷。死刑の評議は全員一致とすべきだ」との議論が根強くある。今回の反対意見が、裁判員裁判を含む今後の裁判の在り方に影響を与える可能性もある。/ 最高裁調査官の経験もある元東京高裁部総括判事の木谷明・法政大法科大学院教授(刑事法)は「死刑判決の場合、下級審でも全員一致が必要という意見があり、最高裁でも一致させる『暗黙の合意』のようなものがあると思う。そうした中、今回の反対意見は『この事件は本当に死刑でよいのか』という根本的問題があったことの表れと言え、良かったのではないか」と指摘する。/ 菊田幸一・明治大名誉教授(犯罪学)は「死刑判断が迫られる最高裁の評議では反対意見を持つ裁判官も途中で折れて、全員一致になることが多かったように思う。反対意見があるのは正常。むしろ全員一致でなければ死刑とすべきではなく、できることならば、もう一度差し戻してほしかった」と話した。/ 裁判員法では、裁判員裁判の評議で被告に不利な判決を出す場合、裁判員だけでなく少なくとも1人の裁判官の賛成が必要だが、原則は多数決。死刑判決を出す場合も同様の扱いとなっている。(毎日新聞・12/02/21)

 死刑か無期懲役か、それが選択されるべき判断であったのだろうか。一・二審が無期懲役の判決を下し、それを第一次上告審判決では死刑が選ばれた。5回の判決で争われたのは「死刑か無期懲役か」だったと獲られそうですが、はたしてそうだったのかどうか。死刑制度が存在するかぎり、このようないいようのない裁判はくりかえされるにちがいない。事件当時の加害者の年齢がかくも大きな争点の要素になったのはなぜか、それを徹底して考慮するなら、また別の視点が開かれるだろうとぼくは考えています。この問題はさらに考えつづけなければならないと思っている。(12/02/26)