v 検察対検察という構図

 村木厚子さんの無罪が確定したのは悦ばしいかぎりだが、その冤罪事件の深みにとんでもない闘いが潜んでいた。発端は一主任検事の証拠物件の改竄といわれますが、じつはいまだに明らかにされない権力闘争が隠されていたと思われてならないのです。検察対検察という権力同士の、それです。いずれはこの証拠隠滅事件の裁判で事実は白日の下に晒されるという期待を、はたしてもってもいいのかどうか。

 これまでも自白強要や暴力行使の取り調べによって、数知れない冤罪や事件のねじ曲げがまかりとおっていたのだから、こと改めて驚いてみせる必要もないのでしょうが、やりたい放題の検察同士が身内を左右にして闘うのだから、この国の司法が根幹から腐敗していたことだけは疑いない。逮捕された検察部長は最高検の「ストーリー」にはのらないというにいたっては、みずからの素性を暴露したも同然ではないか。

 人のいのちや自由を自家薬籠中のなんとやらで、我が世の春ならぬ、己が天下を謳歌放吟していた蛮行の徒に自浄能力がないことだけは確かだ。(10/10/10)