u 湯豆腐やいのちの・・・

  風土計 この季節、やむを得ず一人きりで「家飲み」をするときのメニューは、たいてい湯豆腐と決めている。無精者でもこれぐらいはやる▼水を張った鍋に昆布を敷き、その上に切った豆腐を乗せるだけ。豆腐が温まり、ゆらゆらと動き出すのを待って好きな薬味で食べる。湯気が立ち上り始めると、それだけで冬の夜の寒さも和らぐ。あとはうまい酒があればいい▼総務省の家計調査をながめていたら、興味深いことに気がついた。都道府県庁所在地と政令指定都市別のランキング(2008~10年の平均)で、盛岡市の消費傾向から「湯豆腐」がくっきりと浮かび上がってくる▼豆腐の消費はもちろん1位。盛岡人が豆腐をよく食べることは知っていたが、昆布の購入数量も富山市に次ぐ2位とは初めて知った。こうなれば、冬場はこの組み合わせで決まりではないか。ちなみに酒類も4位につける▼盛岡市観光課のバーチャル博物館「盛岡とうふ資料館」は、豆腐文化が根付いた理由として「京都などから豆腐職人を招いた」「海の幸に代わる貴重なタンパク源として重宝された」「良質で豊富な地下水」-を挙げている▼寒いからこそこの味も引き立つ。今晩もあちこちの家で湯豆腐にするのかもしれない。そう思うと、大勢で鍋を囲んでいるような気になってくる。(岩手日報・11/12/09)

 もう何十年来、小生は豆腐党だ。党員はいない。党首一人の孤独を託ちながらの一杯また一杯の日々を重ねている。豆腐は近所の豆腐屋限定です。新潟は六日町出身のお父さん。365日の豆腐三昧も、考えてみれば酔狂の域で、店主に言われたことがある、「よく飽きないですね」と。米の飯には飽き飽きしたが、米の水はいよいよ小生にとって神泉の賜であり、そのつきあわせには小畑豆腐店の一丁がいい。一丁何百円のものを食したこともあるが、要するに値段じゃない。雰囲気というか、ご酒の場を彩る点景だといいたい。季節によって冷や奴であり、湯豆腐だ。まるで年中行事の衣替えならぬ豆腐替えではあります。

 表句は久保田万太郎。湯豆腐やいのちのはてのうすあかり さらに一句。熱燗のまづ一杯をこころめる 小生はこれまた年中冷やだ。冷や酒に決めている。別に親爺の遺言ではないけれど、いいですね。冷やに湯豆腐に刺身の三切れもあれば太平楽です。酒はこれでなければなどとはいわない。美味ければそれで十分だ。これも値段じゃありませんぜ。朝はうどんが定番で、それもきつねうどん。小畑の油揚げ。一枚何十円か。いっかな買値を記憶しないが、短冊に切って入れ、ネギやタマネギを多めに加えて、できあがり。毎朝(五時から六時の間)これまた一人で食べる、孤食というらしい。静かにだれにも邪魔されないで、至福とはいかないが、気が休まるのだから、これにかぎる。朝から飲む習慣はない。でも豆腐に納豆に油揚げは欠かせない。つまり大豆はぼくの活力源です。しかもきわめて安上がり、さしずめ燃費上々のエコカーなのだ。これを何十年続けているのだろう。ホント酔狂だと自分でも思うよ。(11/12/10)