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14/04/02 以下の話は、この国が戦争に負けて間もないころ、実際にあった事件の渦中で書かれた、一女子高校生の怒りと悲しみの抗議文です。六十年余の後、あらためて「事の次第」を考えて見る。ああ、民主主義とは見果てぬ夢か。

《一九五二年五月六日静岡県に於いて参議院補欠選挙が行われた。夕方帰宅し母に様子を聞いてみた。所がどうだろう。午前十時頃隣組 ― 田舎には未だこの制度がある―の組長が棄権者の票を集めに戸別訪問したというのである。折悪しくその日は近くの浅間神社の祭の為目覚めない多くの人々は投票よりも祭の花火に強く魅かれたのは事実だったろう。だから棄権者の多数いるだろう事は予想にかたくなかったし、事実だった。母はことわって投票に出かけたという。そこに見たのはなんだったろう。五回投票してきたといって笑い興じている婦人群と、顔見知りの人に替え玉を依頼する組長級の馬鹿者だったという。/ 帰途、先程家に尋ねて来た組長に会い、Kがすでに三十枚程の入場券を村役場のMに手渡して来たという事をK自身から聞き知ったという。余りに正々堂々たるものなのでいかなる理由に依るかを問うたところ「棄権防止という事ですよ。だから村ではどうもI氏をかついでいるらしい」ともらしたという。同じ方へ帰える人々に、三人に出逢い、Kの部落のみか、Sのところも、Iのとことも同様のことがあるということを耳にしたという。ひどいことにIのところでは組長が廻ったどころか「棄権者は入場券を組長宅まで届けて下さい」との意味の紙面が回覧されたという。

 以上のことを聞いた私は怒りを覚えるより、まず驚いた。事実無智なる村人なのだが、その無智を利用したなんと恐るべき行為なのだろう。そしてそれ以上に、私をして次の行動へと導いたのは、この悪行為が村人に与えた影響の悲しさだった。私の近所の多くの人々は右の事件を不正だとはっきり認識していなかった。自分達の上へ立つ所謂指導者格の組長連が白昼しかも何の悪びれさも持たず勇敢に行ったからには、棄権者の多数の場合にはそんな規則もあったのだろうか位に簡単に考えていた。確かにこれは田舎の悲劇だ。無自覚な人々は腹黒い陰謀さえ見抜く力を有してはいなかったのだ。これは現代の重大な課題の一つに違いない。時代の流れに、社会の進歩にとり残された農村の根底には深刻な世紀の断層が露出している。このままにしておいたらどうなるのだろう。目覚めない民衆が所謂顔役に利用される危険は逃れられない事に違いない。第一に目の前に起こった事実は明らかに不正であって他の何ものでもない。こんなにも明白な断定すら決しかねている二十世紀の人物がいるのだ。/ 棄権者の票を集めていったい何処で如何なる方法で解決するのだろう。無自覚な村人を手先に五回も投票させて置き乍ら麗々しくも「危険防止」だと暴言し、誰れも自分達の行為には反抗するものがないだろうという様な田舎官吏の態度は余りにも民衆を、農民を見くびっている。

 それにしても一番悲しいのは村人の多くが事の重大さを、偉大なる不正であることを認識しない事だ。だから第一に棄権防止の為に棄権者の票を集めて良い等という規則は何処にもないのだという事を村人に徹底しなくてはならぬと私は考えた。その為 ― 村人を集めて話し合う等という芸当は高校生の私には出来ようはずがない》(石川さつき『村八分の記』理論社、一九五三年)(14/04/02)