z 政府の意図とは

14/04/04 《…社会はわれわれの必要から生じ、政府はわれわれの悪徳から生じた。前者はわれわれを愛情で結合させることによって積極的に幸福を増進させるが、後者は悪徳を押さえることによって消極的に幸福を増進させる。一方は仲良くさせようとするが、他方は差別をつくり出す。前者は保護者であるが、後者は処罰者である》(トーマス・ペイン『コモン・センス』)

 《 社会はどんな状態においても有り難いものであるが、政府はたとえ最上の状態においてもやむをえない悪にすぎない。そして最悪の状態においては耐えがたいものになる。なぜなら政府のない国でなら生じるかもしれないような不幸を、政府によって味わわされ、悲惨な状態にさらされるなら、苦しみの種をみずからまいたことを反省することによって不幸な思いが増大するからだ。政府は、着物がそうであるように、罪を犯した印である。国王の宮殿は楽園の住みかの廃墟の上に建てられている。なぜなら良心が確実に規則正しく働き、その命令が素直に守られているなら、良心のほかに立法者などは必要ではないからだ。しかし実際はそうではないので、持っているものの一部を放棄して、残りのものを保持する手段を講じなければならないことがわかってくる。その際人は、いつも同様に思慮分別を働かせて行動する。つまり、二つの悪の中から小さい方を選べという忠告を聞こうとする。したがって安全こそが政府の真の意図であり目的であるので、その形態はどうであれ、最もよく安全を確保できる政府が、また最小の費用で最大の幸福をもたらしてくれるような政府がなにより結構だ、ということはわかりきったことである》(同上)

 ペインが『コモン・センス』と題したパンフレットを書いたのは1776年。時に応じて、それを繙く。国家と社会は似ているようでいて、はっきりとした違いがあることをじつに明確に論述している。彼が、いかにして思想家かつ政治家であり得たか。それはぼくには興味が尽きないが、それ以上に彼が国家と社会の似て非なる性格を個と集団の狭間でとらえているところにいつでも帰りつく。それは人間の状態を活写しているからでしょう。(14/04/04)