s 終わりは、始まりだ

 不在の“卒業生”にも証書 石巻市の大川小、悲しみの門出

共同通信(03/17)

  東日本大震災で児童・教職員84人が死亡、行方不明となった宮城県石巻市の大川小学校は17日、間借りしている飯野川第一小で卒業式を開いた。式は非公開で、保護者らが児童7人の門出を祝った。/ 昨年の震災当時5年生だった15人のうち、6人が死亡・行方不明となり、震災後に2人が転校。この日の式に出席した一部の家族に卒業証書を授与した。/ 卒業生7人のうち5人は仮設住宅などから通える中学に進学するため、地元の大川中に進むのは2人だけ。/ 大川小は海岸から約5キロ。津波で当時の在籍児童108人のうち、70人が死亡、4人が行方不明、教職員13人のうち9人が死亡、1人が行方不明。(河北新報・02/03/17)

 大川小で卒業式=犠牲児童遺族も出席―宮城・石巻

 東日本大震災で児童と教職員の計79人が死亡し、5人が現在も行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校の卒業式が17日午前、間借りする同市立飯野川第一小学校の多目的ホールで行われた。震災当時5年生だった卒業生は7人だが、津波で犠牲になった児童6人の遺族にも式の案内状が送られ、一部の遺族が出席した。/ 午前9時前から卒業生や遺影を抱えた遺族らが登校。「卒業式」と書かれた看板の前で写真を撮る姿も見られた。/ 次女千聖さん=当時(11)=を亡くした紫桃隆洋さん(47)と妻さよみさん(46)は、中学2年の長女とともに出席。さよみさんは「自宅を出る時は遺影と一緒に行くなんてつらいな、と思ったが、式が終わった後は『みんなと一緒に卒業できたね』と喜んであげられた」とやや寂しそうな様子で話した。/ この日も不明児童の捜索は引き続き行われ、県警河北署員4人と遺族が北上川の河口付近を捜していた。(時事通信・12/03/17)

 悔いても悔いても、涙があふれ、はてしなく悲しみがこみ上げてくる。「なぜ、どうして」といって詮方ないけれども、そういわなければおられない。残された教師や教育委員会の責任を激しく問うのは当たり前だけれど、それで何かが救われるわけではない、それを知っていてもなお、責任を問いたださなければならない。これはけっして大川小学校の悲劇にのみ言えるのでないのはいうまでもありません。大川小の幼気な子どもたちの哀れをだれが受け止めるのか、受け止められるのか。学校こそが、子どもたちには危険地帯であったという怒りのやり場がない悲劇、それをそのままにぼくたちは受け止め、悲しみに暮れきって生きていこう。そのはてに、あるいは何かがぼくたちのなかから生まれてくるかもしれないから。終わりは、また一つの始まりであり、それはひとつながりの時間のなかに流れている。突然奪われた1人ひとりのいのちは終わったのではなく、新しい時間の中に生きているのだと思う。(12/03/17)