t 慰霊のツリーはなにを語る

 子どもたちの姿が消え、静寂に包まれた校舎に夕暮れ時、明かりがともる。真っ赤な靴下やきらきら光る飾りに彩られたクリスマスツリーが浮かび上がった。/ 北上川沿いに立つ石巻市大川小。津波で児童74人と教職員10人が死亡・行方不明になっている。/ 「きれいだね」「子どもたちも見に来ているかな」。連日、多くの遺族が思い思いの時間にやって来る。離れた場所から黙ってツリーを見つめる父親、そっと手を合わせるおばあさんもいる。/ ツリーは遺族の願いを受けて、今月11日に学校が設置。モミの木と電飾は大船渡市のボランティアが寄贈した。/ 木の枝には津波を逃れ、今も大川小に通う児童23人が亡き友達と先生の名前を記したカードが下げてある。「ずっと友達だからね」「また一緒に遊びたいね」。そんな言葉もつづられている/ 中村次男さん(37)は3年生だった一人娘の香奈さんを亡くした。おしゃれが大好きな娘に洋服を買ってあげるのがクリスマスの楽しみだった。「でも、もう服を着せてあげることができない」。香奈さんをよく連れて行った店の前を通るたび、胸が痛む。/ 震災から9カ月余り。学校付近ではいまだに行方が分からない児童4人と教員1人、住民らの手掛かりを探そうと、保護者や警察が連日、懸命の捜索を続けている。/ 季節は春から冬へと巡り、大川小の現場でもあの日を思い出させる雪が舞うようになった。冷たい風が吹く中、ツリーは掛け替えのない存在を失った人々を慰めるかのように、周囲を温かく照らし出している。(藤田杏奴)(河北新報・11/12/24)

 悔やんでも悔やみきれない、この悔恨の思いはいつまでつづくのでしょうか。避難に際して人災が加わっていたと見られるだけにその思いは時とともに深くなるにちがいない。針のむしろに座らされているのはけっして一部の学校関係者だけではないはずです。遺族はいうまでもなく、かろうじて被災を逃れた人びともまた辛く悲しい時間を刻んでいる。その列にぼくも並んでいる。大川小の幼い犠牲者は今回の震災と津波に呑み込まれた無辜の民が発しつづける、残された者へ向けたいのちの叫びのフロントだった。遙かな未来を託されて生まれてきた子どもたち、その未来を一瞬のうちに奪われた子どもたち、ぼくたちはこの子たちに託された未来の幾許かでも生ききるように、はっきりと「生きている責任」を手渡されたのです。春から夏、夏から秋、そして今はもう冬の寒さがあたりを包んでいます。どのように生きていくのか、ぼくたちはたしかに見すえられていると直観してきました。甦ることがあるとはちっと思われないが、この地に来るたびに「どうですか、責任をもって生きていますか」と一人ひとりの子どもから問われている。星月夜がやたらに輝いているイヴの冬景色です。(11/12/24)