y 「民主主義と教育」

 広島に原爆が投下される一週間前に高等学校へ講演に赴き、「戦意高揚」を説いたむのさん。その彼に「いよいよ民主主義の時代ですなあ」と問わず語りに話した校長先生。その二週間後、くだんの高校から使者が浦和の麦畑のなかにあったむのさんの自宅を訪れた。すでに日本は敗戦していたが、その敗戦日を日付とした辞表を新聞社にだしていた。使者は相当な金額の入った封筒を差し出した。

 「これは講演の謝礼です。・・・あの記者は朝日新聞にとどまっていないだろう、きっとやめているだろうと、校長先生が言っていました」

 むのさんは不思議の感に襲われます。「一人の教育者が、初対面の俄か弁士にむかって『民主主義』を言うことができたのは、なぜであったか。なぜ私の退社を、当時の私でさえ辞表を書く日までそんなことになるとは思っていなかったのに、彼は推断できたのか。本人から説明を聞ける機会をもたずに経過してしまったが、彼の説明はどうあれ、この出来事から、〈教育とは、予想することだ〉という実感を私は抱いた」

 教育というはたらきにおおきな願いを込めていたむのさんは、一商業高校の校長から「敗戦後の荒野の中で私は天来の判決をきいた」という思いをその後も持続するのでした。〈10/03/22〉