w 侵さず、侵されず

(参議院関連資料集)

 松本治一郎(1887―1966)さん。「侵さず、侵されず」という信条を一貫して反差別のために身命を賭した人。その松本さんに深甚の敬愛をいだいたのがむのさんでした。時は1941年の春。朝日新聞記者としてはじめて会う機会があった。「島崎藤村作『破壊』に関する記事で(朝日が)手落ちをやって全国水平社から抗議を受けていて、そのことで詫びをいう」役目だった。好意をもっていた社会部長からの頼みだったからと引き受けたのでした。

「気軽に会ってくださった松本さんは、私が精いっぱい心をこめて語るのを黙って聞いておられました。眼鏡の奥の小さな目はキラキラ光っていました。私が語りおえてもまだしばらくじいっと私をみつめておられて、それから『よし、わかりました。これから一層お互いに気をつけましょう』と言って、それですべては解決したことになったのでした」( 『解放への十字路』評論社、1973年)

 ときに松本治一郎、五十四歳、むのたけじ、二十六歳だった。たけじさんは松本さんのどこに感じ入ったのか。「終始まったく対等の立場で接して下さいました」「松本さんの民衆に対するたとえようもない優しさは、全身で支配権力と対決していた姿勢の反面なんですね。温かさと厳しさが透き通るように統一していた人柄は、被差別・被圧迫の境遇に身をおいて、憎むべきものを徹底して憎んで戦いながら、みずからを<解放者>としてきたえた結晶なんですね。つまりどんな場合でもけっして民衆を裏切らない骨の太さのあらわれだったと私は受け止めています」〈同書〉(10/05/08)

  『解放の父 松本治一郎』(部落解放同盟中央本部編、1972年)参照。