日曜にあたりて遊ぶ冬至かな 

 師走も半ばを過ぎました。去年・今年と、この列島に不幸不愉快数限りなしという状況は衰える気配を見せません。誰が悪いのでもないと観念すれば、矛先はおのれに突き刺さってくるのですから、心休まるいとまもないということになりま。いつの年か、冬至に遊ぶ余裕があったろうかと貧寒なわが身を託(かこ)つばかりです。(掲句は虚子) このあわただしい明け暮れがいつまでつづくのか、まことに覚束ないことおびただしい。せめて、寒い夜は、飛びきりのウマ豆腐をお鍋に仕立て、一献かたじけなくしたいという貧者の贅沢を願うばかりです。せわしないのは、なにも師走にかぎらないので、心の持ちようにゆとりを失えば、一事が万事、周章に終始するの理でもあります。今時、はやらない戦争ごっこを仕掛けるなどという頓珍漢が危ない権力の突端に立ち、あらぬこと、よしなしごとを計っているのは、どうしたものでしょう。好きこのんで彼ら・彼女らを選良として議会に送ったわけでもないといいたいが、いやいや、好きこのんで選んだのもまた、わが衆生であってみれば、とことん悪足掻きにつきあおうじゃないか、と言い募るのもまた、浅慮の悲しさであると観念しかかるのです。(13/12/18)

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