血まみれの昭和に桜花慟哭す(無骨)

images 国を守る方は、例えば自衛隊の広報にもある通り、国民の生命と財産と自由と国土を守ると言うんだけれども、いったん戦争になれば、国民の生命、財産、国土、自由は守れるはずがないんで、大変な荒廃を呼び起こすでしょう。/ しかも、いま危険なのは、これまで軍備というのは戦争をさせないためと言われたのが、だんだん、万一の戦争に備える方へ日本を含めてあらゆる国々も指導者が移行しつつあるんで、これを民衆が止めなければ、いままで抑止力の名においてやむをえず軍備をやっているんだという建前のスローガンだったのが、今やそうじゃなくて、ひょっとして起こるかもしれない戦争に備えるんだという戦争準備の方向へ変わりつつというのはたいへん問題なところですね。(「核には『西』も「東」もない」)

 この発言の主は久野収さん(1910~1999)。時は1982年5月です。いまから三十年前も時代状況はいまと少しも変わらないのも、考えて見れば当然で、とにかく国家の威信を自らに重ねて得意になろうというさもしい根性に毒された支配者輩はいつの時代にも棲息するという事例に過ぎない。それにしても奇天烈なのは、右も左も金・カネ・かねの亡者が列島(劣等)に巣くっているという、どうしようもない頽廃の風塵の喧しさ。カネになるなら戦争も辞さないというのは恐るべき蒙昧の仕業だと思うのですが、その無知蒙昧が世間を乗っ取っているんじゃないかと空恐ろしくなるのです。もっとほかに、さらに大事な政治の要諦があるじゃないかといっても聞く耳も、解する脳もないのではと思われる有象無象が徒党を組んいる、この現実をどうしたものか。

 「積極的平和主義」とは何の謂いぞ。自分は兵隊にならないとみんなが勝手に信じようとしながら、いつか戦場にひかれるのは誰でしょう。人ひとり殺せば殺人犯だが、別の場面で何人も殺害したなら、叙勲ものでしたし、それは今も変わらないのかどうか。戦争が起こるのはカネの問題からです。そして、いまこの列島は金の亡者が蠢いている。原発事故を風化させない、震災被害を忘れるなというのはその通りです。しかし戦争の罪深さを棚に上げてなら、それに対してなにをか言わんやです。やられる前にやっつけろというのは無恥で無知の無頼漢の常套語ですね。本日は「昭和の日」だとか。昭和も遠くなったのだろうか。(14/04/29)

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